SG5435 つう。
キーキルさんのとある一日
ここは『材木屋「オン・ダンカー」』です。木は生活の必需品。
管理者 キーキル・サイゲンナク
ガッコン、ガッコン、ガッコン、ガッコン…――
伐採後に乾燥させた木の表皮を剥ぎ取る機械音が当たりに鳴り響く。
俺は耳栓を二重にした上で辺りを見回る。
バイター達は一言も言葉を発しない。
何故なら、発しても機械音が邪魔して聞こえないからだ。
材木屋のバイターは黙々と働く。この村の他の管理人は黒尽くめの連中を見ると、一瞬眉を顰めるが、俺の材木屋は客商売じゃない。ハテナマンだろうが、動物だろうが、とりあえず働きさえすればいい。伐採された木を運び入れるのは、ここの仕事に慣れたものの役目。あとは機械の扱いさえ憶えればいいだけだ。ボタン操作さえ憶えれば後は簡単。変にいじりさえしなければ事故もない。俺は一通り見周りを終え、責任者に注意事項を少し言い渡して、製材工場を後にした。耳栓を出して大きく伸びをしながら、材木屋の入り口近辺の喫煙所に向かう。くしゃくしゃになった煙草の箱をポケットから取り出し、煙草を口に咥え火をつけた。
「とりあえず、うめぇ・・・。」
安い煙草をふかし、その紫煙が青空に消えるのを眺め見る。
この後は事務所に寄って、今朝入った材木のオーダーを聞いて、製材を加工する責任者と打ち合わせ。今月の製材加工の計画を立てて、既に収穫が終わっている木の乾燥状況を確認しなくてはいけない。
「…――。」
一通り、今日の予定を復習してから頭を空にする。
しばらくの間、ぼーっと紫煙が流れるのを見届けてから、吸殻を地面に落として靴で踏み潰した。
「めんどいが…いくか。」
几帳面な製材加工責任者のことを思い出し、自分の髪をわしゃわしゃとかき混ぜながら歩き出す。そして、吸殻を拾い上げ、備え付けの灰皿のある場所に持っていこうとすると…
「いいから、通すんだよ!」
この材木屋近辺では滅多に聞かない、小さな女の子の怒鳴り声が響き渡った。
誰かが正門付近でもめているらしい。興味を持った俺は、また煙草に火をつけ、紫煙をくゆらせながら正門へと向かった。俺が居る場所から数分もしない場所にある正門には、材木を引き取りに来た業者も数人居る。
「ちーっす。」
気だるげに片手を挙げて業者に挨拶をしつつ、人だかりを潜り抜ける。人だかりの中に居たのは、まだ10歳ぐらいの女の子だった。だが、普通の女の子よりも俺を射抜くように見つめる水色の瞳。まるで敵地に一人で乗り込んで来たかのような、そんな目つきをしていた。
「…何やってんだ、がきんちょ。」
口から紫煙を吐き出して、俺はがきんちょを見下ろした。ここの材木屋では14歳以下は働けない。理由はイマイチ自分でも分からないが、まあ村の掟なんだろう。まさか一人で材木を買い付けに来た訳でもないだろうに。
「エルフのくせに、なんで木を切るんだい?何故森を守らないんだい?」
明らかに俺を責める口調に、俺は眉を顰めた。
だが、これはよくある譴責ではあるが、ここまであからさまに言ってくるヤツも珍しい。
「お前、木に関わりのある種族だな。」
がきんちょの髪をまじまじと見て、何か引っかかるものがあった。淡い緑色…新緑の色と同じ色を見て、確信に似たものが頭の中で閃いた。木に思い入れのある人物は、大抵エルフか木精か木の関わりのある種族。このがきんちょは明らかにエルフでも木精でもない。だとすれば、木に関わりのある種族しか考えられない。
「それがどうしたって言うんだい。」
ぶーっと頬を膨らまして怒る様は、がきんちょが拗ねている様子さながらだ。まあ、がきんちょではあるんだが・・・。
「ここに住むやつらは、エルフだろうがエルフじゃなかろうが木材に頼った生活をしている。今、木を切るのをやめたら村の生活が破綻する。」
そう、この村の連中はエルフの癖に人間のような暮らしをしている。木材で出来た家に住み、木材で家具に囲まれ暮らす。既に確立されたその生活を変えることは容易ではないだろうが、なんの疑問も持っていないかのように暮らすエルフ達に、俺は逆に疑問を持つ。当然、村の外部から来たエルフや精霊も疑問を持つだろう。このがきんちょも、そんな疑問を持つ一人だ。
「だからと言って、木を殺していい訳ないじゃないか!」
子犬がきゃんきゃんと吼えるかのように、がきんちょはわめく。俺は右眉を跳ね上げ、首根っこを掴んだ。
「来い。」
俺はがきんちょの首根っこを掴んだまま、野次馬を掻き分け歩き始めた。
そして、向かう先はもちろん・・・――
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「で、なんで森に来ているんだい。」
がきんちょが不機嫌そうに俺をにらみつける。材木屋から何故、森に連れてこられたのか分かっていないらしい。
「がきんちょが理解不足だからだ。」
俺は今日、何本目か忘れたが煙草に火をつける。正直、多忙なスケジュールから逃げ出すにはいい理由だ。が、自分が何故この仕事をやっているか忘れないためにも、こういうがきんちょとの関わりは悪くない。
「ここはうちの材木屋の森だ。木が殺しつくされた森に見えるか?」
そこは色々な種類の木が育っている、美しいと誇れる森。もちろん、うちの材木屋の手が入っている。
「・・・いや。多少は切られているけど・・・。」
がきんちょは驚いたように瞬く。材木屋の森、なんていうのは材木を刈られるために育てられていると思っているのだろう。
「村の生活は木を使う生活は不可避だ。ならば、森を維持しながら伐採することを考えるんだ。広範囲の森で間伐をすることで切る木を少なくするんだ」
「・・・間伐?」
俺の説明が分からなかったのか、がきんちょが尋ね返してきた。
「よく見ろ。全ての木に光が当たって幹が太く育っているだろ。意図的に木を間引くことにより、木が太くなる。間引きされた木も何かの材料に使う。植林して40年待って木を収穫して、植える。ここの森が何年も使われることで乱伐…大規模伐採がなくなる。この森のサイクルを保ったまま、木を収穫することで他の森が守られるんだ。」
こうやって、幹の太い木が多い健全の森を作れば、木を刈り取るペースが遅くなる。そのことにより、木は際限なく育ち際限なく切り続けることはできる。森を守りながら木を切り続けること。これが俺の使命だと思うから、俺は材木屋を続けている。
「分かったか、がきんちょ。何も知らずに責める事は誰にだって出来る。」
がきんちょはしばらく、森を眺めていた。一種類の材木用に植えられた森ではなく、色々な木が植わっている森を。そして、急に俺の方に顔を向けてこう宣言した。
「あたしは今日からここで働く!」
俺を睨み付けたまま、がきんちょは吠えるように言い放った。
「…――。」
唐突な宣言に、俺が咥えていた煙草がぽろりと落ちた。煙草は地面に落ち、紫煙が地表にうっすらと漂よった。しばし、意識が戻るのに時間がかかり、おれは渋い顔をがきんちょに向けた。
「わりぃな。14歳以下は雇えないんだ。」
しっし、と言わんばかりに手をひらひらさせつつ、製材所に戻ろうと踵を返した。その俺の背中に大きな声が投げかけられる。
「じゃあ、勝手に働く!金なんかいらないさ!」
その言葉を聞いて、俺は足を止めた。
情熱的なのはいい。だが、このまま突っ走るとどうなることやら。がきんちょの情熱が森を守ることにあるのなら、逆にいい従業員になるかもしれない。
「・・・わかった。俺の森を管理するのを手伝え。ただし、お前が14歳になるまでは給料ナシだ。」
その言葉を聴いて、がきんちょは目を輝かせた。おそらく、がきんちょがやりたかったことなのだろう。
「ああ、望むところさ!雇ってよかったと思わせてやるよ!」
どん、と平らな胸をたたくがきんちょ。その仕草がおかしくて俺は微かに笑った。落ちた吸殻を拾い、がきんちょに瞳を向ける。
「俺はキーキル・サイゲンナク。材木屋の管理人だ。お前の名は?」
「あたしの名前はね・・・。」
そして、俺たちは互いに自己紹介をした。
その後、がきんちょは独立するまで材木屋で働き続けて、確かにいい従業員となったのだが・・・。まあ、その話はまたその内。